島ヶ原は三重県の北西部に位置し、北は滋賀県、西は京都府、南は奈良県、東は亀山市に接するいわば4府県の接点になっている。 この島ヶ原は平地が少なく、北と南は連山に囲まれ、滋賀県側は標高600メートルの急勾配の山岳地帯である。村のほぼ中央を木津川が西流し、古代から、都に至る主要道が通じ、旧国道163号線とJR西日本関西本線が走る。 当村には平城遷都に伴い新設された「和銅の道」(711年)、木曽義仲を討つため源義経の軍勢が通った「鎌倉街道」「加太越奈良道」明治以後は「大和街道」と名を変えた、古くから大和、伊勢、山城を結ぶ交通の要衝として栄えた歴史を今に伝える。現存する旧本陣の建物や道標、古い町並みは往時を偲ばせ、訪れる人を古のロマンへ誘っている。 その島ヶ原の起こりは、天平年間(729-749年)にさかのぼる。東大寺建立で有名な聖武天皇が、平城京から近江紫香楽(しがらき・現甲賀市信楽)に移られる際に、奈良との往復路に当たる島ヶ原に、休憩所として行宮(あんぐう)を建て、その行宮を、東大寺を開山した良弁大師(りょうべんたいし)の弟子である実忠和尚(ぢっちゅうかしょう)が聖武天皇の勅願(ちょくがん)を受けて改修し、正月堂(観菩提寺)を建立した。そして、島ヶ原はこの正月堂とともに栄えた。創建の由来から東大寺と深いつながりを持っている。