和銅三年(710)、藤原京から 平城遷都に伴い、東海道に対す る官用の通信連絡のため、岡田 駅(今の京都府相楽郡加茂町舟 屋あたり)から、笠置町、南山 城村押原を経て島ヶ原奥村、 大道、中矢、伊賀市西山、新家 駅(にいのみのうまや)(今の 伊賀市東高倉字官者付近)に至 る道路が開設され、「和銅の道」 と称される。